CROSS

Y side - Aqua -

深い深い 海の底
永い事 眠ってたみたい

何にも聞こえない

何にも聞こえない

 体が・・・重い・・・・

 ソーンへ戻ってきてから数日、体が重くて気力が殺がれる。
頼久は今日だけで既に、数えるのも億劫になるような溜息を落とし片手で顔を覆った。

「顔色が、よくないな。ここ数日」

 不意に声がして振り向くと、主人である友雅が間近に立っていた。
「と・・・友雅様っ」
 慌てて立ち上がろうとして、それを制される。
「いいから、座っていなさい。聖獣王との謁見中に倒れでもしたら大変だ」
「申し訳ありません・・・・」
 項垂れる頼久の濃紫の髪が、ゆったりと撫でられ、その手が頬に降りて来る。

 ひんやりと冷たい、熱のない手。

「お前が気にすることはない。ゆっくり体を休めなさい」
 引き寄せられて、口接けの予感に目を閉じると、額に彼の唇を感じた。

―――― 眠りなさい ――――

 瞼にも口接けられ、魔法のように睡魔がやってくる。

(何も考えたくない・・・・)

 闇に覆われ、右も左も、上も下も何も解らない空間。
頼久の沈んだ深海の海よりも、なお深い闇へ堕ちていく夢を見る。
 そこに彼は漂っていた。
 ふと、何かの気配にそちらを向くと、ポウ・・・とほのかな灯りが燈り、ゆらゆらと揺らいで頼久を誘った。
 不安定なまま、一歩を踏み出す。
近付くとそれが青白い焔である事がわかった。
 熱を感じることのない、冷たい焔。
手を伸ばし、触れようとした瞬間。

――― ナゼ、永ラエルノダ・・・・ ―――

 覚えのあるような、無いような、低いくぐもった声が響いた。

――― ナゼ オ前ハ ソコニ在ル ―――

 焔の揺らぎがそのなじるような口調に比例して、大きさを増していく。

――― オ前ノ 主人ハ モウ 何処ニモ イナイノニ!! ―――


 何かに弾かれたように、バッと頼久は目を開けた。

「・・・・な・・・・に・・・・?」

 全身汗にまみれ肩を喘がせて見た周囲は、目を閉じる前と同じであった。

「ずい分うなされていたね、頼久」
 頭上から声がして、異常に反応を返してしまう。
友雅が頼久の座るソファの肘掛に軽く腰掛け、頼久を見下ろしていた。

「・・・あ・・・・友雅様・・・・・」
「眠ったと思ったら、そんなに汗まみれになるほどうなされて。・・・私の口接けの所為かい?」
 クッと笑ってはいるものの、友雅の目はそうではなかった。
感情を表に出してはこない彼であったが、頼久には解っていた。
怒り、とも少し毛色の違う感情が友雅を支配しようとしていることを。

「お詫びに、今夜はうんと可愛がってあげよう。それこそ、夢も見ない眠りに入れるように・・・」

 反射的に首を振ったが、許されない事だと解っていた。
コクリと頷いて俯く。

「そんな顔されると、余計にイジメてやりたくなるよ。頼久」

 くすくすと楽しげに笑いを漏らす友雅に、応える気力が残っていなかった。
気怠さが全身を包む。
ここに戻ってから、ずっとその繰り返しだ。

 頼久は、夢の全てを覚えていなかった。


「こちらでお待ちください。近衛がお迎えに参ります」
 気の晴れないまま、聖獣王との謁見を迎え、頼久はやはり青白い顔をしていた。
 それを支える為なのか、この美しい聖獣の主人が自分である事を誇示する為なのか、友雅がずっと肩を抱いていた。
「友雅様・・・・私は大丈夫です。一人で・・・・・」
「いいから、黙っておいで。主人は私だ、言う事をお聞き。・・・・・・・・ほう、美しい庭園が広がっているね」
 言いながら、窓の外へ目を向けた友雅は、頼久の言い分をこれ以上は聞かぬと、
話題を変えてしまった。

「ああ・・・あれは・・・一の姫、純白の王女、エルファリア王女の為にしつらえられたものです」
「王女?」
「・・・は・・・い、穢れなき白の王女、エルファリア様が、・・・・・・今回の・・・・聖獣召喚は・・・王女の・・・・・」
 深海から地上へ向かう息苦しさを思い出して、息が途切れる。

「もう・・・いい、頼久」
 かすかに震え出していた唇に、友雅の指が触れた。

 何故だろうと不思議になる。
というより、頼久には己の選んだ主人でありながら、この男が解らないのだ。
 とてつもなく強靭な精神力で頼久を使役するのだが、しかし、その力を裏切るかのように彼には未来を夢見る"希望"がない。
かといって、それは"負"の力とも違う。
 許しを乞うても聞き入れてはくれず、頼久に甘い責め苦を与え続けるのと同じ手が、
今、羽根のように触れて離れていく。

(解ら・・・・ない・・・・)

 息苦しさが消え、それにとって代わる心地よさに、頼久はうっとりと目を閉じた。

コンコン

「お待たせいたしました。謁見の間へご案内いたします」
 訪れた近衛兵に甘い余韻は絶たれ、スゥっと頭の芯が冷えていった。


「寛大といおうか、さすがはお前たち全てを統べる方だ・・・・」

 友雅が他人に敬意を示すような発言をするのを、初めて聞いた気がする。
確かに王は昔の寛大さと寛容さで、頼久を迎えてくれた。
 懐かしい笑みを湛えて・・・・・・

「頼久様っ」
 城を去ろうとした二人の後ろから、頼久を呼ぶ声がした。
振り向くと10代半ばと思われるメイドが、息を切らして駆けて来るのが見えた。
「・・・・頼久様ですね? わたし、エルファリア様付きのメイドでベティと申します。王女様よりのご伝言をお伝えに参りました」
「エルファリア様から・・・・?」
「はい、"もしも、時が許すのであれば、どうか私の居室にてお待ちください"との事でございます。・・・・あ、あの・・・・王女様は、とても真剣な表情で・・・・あの、頼久様にとてもお会いしたいのだと思います。今、少々、バタバタしておりますが・・・」
 そう言ったメイドが苦笑を浮かべる。
「バタバタ・・・? 王女に何か・・・?」
「いえ、王女様には何も。ただ、ある方からお預かりした地球人のお子がちょっと目を離した隙に、居なくなってしまって・・・姫様御自らお捜しになっておられるのです」
 メイドがそう言って、庭園の方を見る。

この広大な庭園で迷子・・・・・

「頼久、姫君の手伝いをして差し上げなさい」

「友雅様・・・」
 聖獣が主人の側を離れるなど、考えられない。

「私の命令だよ、言う事をお聞き」

 そう言われてほっと肩から力が抜ける。
くすりと笑った友雅が、頼久の頬を撫でた。

「さ、早く行きなさい。"命令"だよ、頼久」


――― 命令 ―――

 そう言われると安堵する自分がいることを、頼久は知らない。


「呪縛は・・・・そんなにも心地いいかい? 頼久」
 庭園に向かった彼の背中に、友雅がそう呟いた事も・・・・


『御年12歳におなりです。うさぎの縫ぐるみをお持ちで・・・『天空の王』と呼ばれる鳳凰、不死鳥族の皇子が一目で心奪われたと噂される、愛らしい方ですわ』

 ベティの言った子供のことを思い浮かべ、頼久は庭園を巡った。
以前ここに来たのは、ずい分前の事であったが、感覚の部分で何処に何があったかを彼は覚えていた。
 ふわりと風が緩やかに吹き抜け、甘い香が嗅覚を刺激する。
眉間のあたりに残るような甘さに頼久は眉をひそめ、風上に何があるかを考えた。

(確か・・・・・あちらには、純白の姫にちなんで、白薔薇の園が・・・・・)

あるはずだった。が、この香のきつさは何だというのだろう。
 以前来た時も白薔薇が盛りであったが、このように不快な香を発散してはいなかった。

(頭が・・・・・重い・・・・・)

 フラリとよろめき、頼久はそれでも白薔薇の園を目指して歩き出した。

―――― 世界中に・・・・・・・の・・・・・・ ――――

 一層きつくなる芳香に目眩を覚えた時、風に乗って声が聞こえてきた。

―――― 今なら・・・・・なれる・・・・ ――――

(誰かが・・・・いる・・・・)

 何か嫌な予感に苛まれながら、しかし、頼久の勘がその声の主が誰なのかを主張し続けていた。
 一歩、また一歩と進むにつれて香は濃厚な戒めとなって、頼久の体を重くする。
 蔓薔薇のアーチをくぐり抜けた瞬間、まるで彼がそこに立つのを待っていたかのように風が吹いた。
「!!」
 それまでの倦怠感をも風に飛ばされてしまったのか、頼久は目を見開き硬直する。

 そこに白薔薇は存在しなかった。

 そこにあるのは、飛び散る真紅。
深い深い、ブラッディローズ。
 頼久の過去を抉り出すように、彼を取り巻く真紅の花弁。
小刻みに震え、顔を覆ってしまおうと手を持ち上げた頼久は、その手の有様に声無き悲鳴を迸らせた。
 紅に染まる両手。

 それは、"あの日"と同じだったから。

己の全てと信じた者を喰らい、命を奪った『あの日』と・・・・・


目の前が暗くなっていく。

(壊れて・・・・しまいたい・・・・)

 ふらついた頼久に追い討ちを掛けるが如く、突風がさらに花弁を舞い上がらせる。
 ゆっくりと意識を閉じようとした頼久の視界の端で、その時、何かがチカリと光を放った。

――― 世界中に言いたいの 私はあなたのもの ―――

(・・・・?)

 ゆるりと頭を巡らせた頼久は、真紅の向こうに輝きを放つ大きな翼を見た。

――― 今なら 天使にだってなれる ―――

(聖・・・・獣・・・?)

――― だって アナタに 恋をしたから ―――

 だが、それがすぐに違う者だとわかる。
光の翼は3対6葉、聖獣『天使』とは全く別のものだ。
"それ"は言葉に出来ない衝撃を頼久にもたらした。

翼を負っているのは、幼い子供だったのだ。

 紅の向こうから、真っ直ぐに頼久を見つめる瞳がある。

輝く金の髪、深い森の瞳・・・・目が、離せなくなる。
 翼の輝きは強く、白を通り越してしまったかのように透けていた。
時折り揺れる、淡い幾つもの色彩。
 その強さに頼久は怖れ、そして焦がれた。

 あの翼に触れたら、自分は輝きに焼き尽くされて、跡形もなく消えてしまえるかもしれない。

(そうすれば・・・全て、終わる・・・)
 
 それは、頼久に甘美な痺れをもたらし、その翼へと足を進めさせた。
翼持つ者の手がゆらりと持ち上がる。

(やっと・・・・)

 最期の時を待つ殉教者のように跪き、頼久は目を閉じた。

「ダアレ?」

 頬に柔らかなものが触れたが、それは彼の望むように彼を消し去ったりはしなかった。夢から覚めたように瞬いて、頼久は目の前の現実を見つめる。

「あ・・・・」

 そこにいるのは、小さな子供だった。
金の髪、深緑の瞳、薔薇色の頬。
汚れを知らない、無垢な子供。
 その背中に、輝く翼は見えなかった。

「お兄ちゃまダアレ? 誰かの聖獣?」
 じっと頼久の額を見つめて問い掛けてくる。 宝珠を見ているのだろう。
「わ・・・たしは・・・・ア・・・ッ」
 するりと口から零れそうになった名に寸で気づき、頼久は愕然とした。
「ア?」
 無邪気に子供が小首を傾げる。
頼久はふるっと首を振って、口を覆った。

(今も・・・・私はあの呪縛の中にいると・・・・いうのか・・・)

「・・・・どおしたの?」
 子供の声に再び我に返る。
目の前の子供が誰であるかに思い至り、改めて頭を垂れる。
「申し訳ありません、私は橘 友雅の聖獣、人魚の頼久。エルファリア王女より、あなたをお探しするようにと・・・」
 言葉の途中で頼久は、トンと軽い衝撃があり彼は、温かなものに包まれた。
「人魚姫? 星弥をお迎えにきてくれたの? よかったぁ〜 蘇皇呼んだら、星弥、蘇皇に怒られちゃうんだもん」
 きゅうっとあどけなく締め付けられて、頼久は戸惑う。
と、それを察したわけでも無いだろうに、子供がパッと彼から離れた。

「星弥は、日向星弥と言います。蘇皇って言うのは、星弥の聖獣なの」
 ぺこりとお行儀良く頭を下げて挨拶した星弥は、そして頼久ににこぱと笑って見せた。
「では、参りましょう。王女が心配しておられます故」
「うんっ」
 平静を取り戻した頼久が促すのに素直に頷き、星弥は当然のように立ち上がった彼の手を握った。
 不意の事とその手の柔らかさに驚き、振り払いそうになるのを必死で抑える。

「星弥の前をね〜 花びらがひらひらひら〜って、ちょうちょみたいに飛んでったの。始めはひとつで、すぐにもっといっぱいっ 星弥ね、どこからくるのか、知りたかったの」
 歩きながら少女が話し出すのを聞いた。
どうやら、迷子の理由らしい。

「風の精がいたずらしてるのかと思うくらい、すごかったぁ〜 でね〜、見とれてたらお兄ちゃまがお迎えにきてくれたの」
 頼久が星弥の言葉に頷いていると、嬉しそうに少女が笑う。

 ぶんぶんと繋いだ手を振る星弥に、されるままにしていると、すぅっと少女が深呼吸した。


  世界中に言いたいの
  私は あなたのもの
  今なら天使にだってなれる

  小鳥たちが騒いでる
  今日の予報では太陽が一億降るでしょう
  息が止まるほどの眩しさ
  だって
  あなたに恋をしたから


 突然歌いだした少女に、頼久は目を見開く。
この小さな体の何処からこんな風に声を出しているのだろうかと思うほど、少女の声は甘さを損なわずに澄んで響いた。

 なんと幸せそうに歌うのだろう。

「星弥はねー 蘇皇ので、蘇皇は星弥のなんだって。蘇皇は星弥だけのもので、星弥が生れるずっと前から、星弥に会う日を待ってたんだって」
 手を振るのを少し控えた星弥は、はにかんだように笑みを浮かべて、頼久を見上げた。

「生れる・・・・・前から・・・・・」
 
 禁忌の樹海に一人佇む友雅。
彼に初めて見えた瞬間を思い出してみる。

「どおしたの?」
 不思議そうな声が、遠くから聞こえた。

 振り向いた友雅の、その瞳の奥に何か懐かしいものを見た気がしたのだ。
いや、懐かしいのとは少し違う、どちらかと言えば、自分と同じ所に属する何かをもっている気がした。
 それはけして今、星弥が語ったような暖かく、幸せなものではありえない。
何故なら、『あの呪縛』は、頼久に安堵をもたらし、いつも誰かの従属でいることを望んでいるのだと、気づいたから。

「私は・・・・・本当は、目覚めたくはなかったのだ・・・・」

 呪縛に安堵しながら、心の何処かでそれを嫌悪していた。
誰かに組み敷かれることを望む、浅ましい自分を消してしまいたいと。
 その自分を、抱きしめた友雅・・・

「・・・・・・・」

 黙りこんだ頼久に、星弥も黙り込んでいたが、何を思ったかグイっと頼久の手を引いた。
 不意の事に、カクンと頼久が膝をつく。
そして、柔らかな感触が彼を包み込んだ。

 時折り、彼の手が優しいと思うことがある。
その手には、命令を受けるのとは違う心地よさがあった。
その手に、いつまでも抱かれていたいと・・・・

(・・・これは・・・この、感じはなんなのだろう・・・・)

 自らの中に浮かび上がったその感情を、なんと言い表すのか、
頼久は、知らなかったのだ。

「深い深い 海の底」

 抱きしめられた腕の中で、ゆったりと耳に流れ込んでくる"音"

――― 深い深い 海の底
    永いこと 眠ってたみたい
    なんにも聞こえない ――――

 身を沈めた深淵の青を思い出す。
まどろむ頼久の前に、手が差し出された。

―――― 早く、アナタに会いに行かなきゃ ――――

(友・・・雅・・・・・様・・・・)

 少女の手の温もりは、その時の友雅の手に似ている気がした。




「あ・・・・蘇皇・・・・」

 城の廻廊側を通り過ぎて、王女の元へ行こうとしていた二人だったが、その廻廊の方を見て、星弥が声を漏らした。
つられて見ると、頼久の目に燃え上がる炎が映った。

 巨大な炎の翼を広げている聖獣、だが、頼久を凍りつかせたのは、今、まさにその炎に包まれんとする主人の姿だった。

と、その時、パッと星弥が頼久の手を振り払った。
「あ・・・星・・・ッ!」

 真っ直ぐに駆けて行く。
自らの聖獣の元へ。

 そして、少女は迷うことなく炎の翼に両手を開いた。


 頼久の背筋を戦慄が駆け抜ける。
あの炎に呑まれたら、幼い少女の体など一瞬で灰も残さぬ程焼き尽くされるだろう。
「星弥殿ッ」
 突き上げる絶望と、瞬間我を見失った事への後悔に頼久は叫んでいた。

 再び、頼久の目に、輝ける幻が映る。
六枚の翼を広げ、星弥が炎に向かって飛んだ。

襲いくるであろう惨劇を思い、頼久は思わず顔を背ける。

 風さえもが、沈黙した。


「そお〜〜〜〜っ ただいまぁ〜〜〜〜っ」

 数瞬の静寂を破って、元気な声が響いた。
 背けた視線を戻すと、炎の翼にしがみつく星弥が見えた。
先ほどより弱くなったものの、炎は変わらずそこにある。
 しかし、少女の顔に苦痛は無く、無傷のようだった。
「おどかすんじゃねぇよ・・・」
 頭だけ振り向いた不死鳥族の皇子のその顔は、語調の荒さと裏腹に遠目にもひどく穏やかであると思えた。
 彼の炎さえもが、少女に戯れているようだった。

 翼を霧散させ、彼が星弥を抱き上げるのを区切りに、やっと頼久は己の主人を呼んだ。
「友雅様・・・」
 すると、彼が呼ぶ前からその存在に気付いていたかのように、友雅がクスリと笑って手を上げた。
 呼び止められ、振り向いて何か話したようだったが、頼久の耳には良く聞こえなかった。


 帰宅の途につこうと歩き始め、ふと、頼久は後ろを振り向いた。
「頼久、どうしたんだい?」
「はい・・・先ほどの地球人の少女と不死鳥族の皇子の事を思い出していました」
「ああ・・・あれは、また、稀有の子供だったね。そして、痛いほどの絆だ」
 頼久の言葉に同意して見せた友雅は、歩きながら一歩遅れてついてくる頼久に、ちらりと意味ありげに視線を送る。

「・・・・・羨ましいかい? 頼久」

 からかうような声音で問われ、頼久はすぐに否と首を振った。

「いいえ・・・私はあの皇子ではないし、貴方もあの少女ではない。同じ絆を望んではいません」
 何も望んでなどいない。


ただ、側に在れればいい・・・


「私は、いつか、お前を壊してしまうかもしれないよ?」
 立ち止まり、振り向いた友雅の手が、頼久の頬を撫でる。
 その手の感触に頼久は目を閉じ、自ら頬を押し付けていった。

「構いません。貴方が私の主人です。 私が、貴方を選んだ。私は、貴方のもの。
それが全て・・・・」

 言い終わるか終わらないかの内に、頼久の体は力強く引き寄せられ、その唇が覆われた。
 深い口接け、たっぷりと絡め取られて目眩を起こし掛けた頃、僅かに離れた友雅の唇が囁いた。

「では、行こう。わが聖獣よ。我が目を覆う闇の果てまでも。・・・もう、私の声以外、聞くんじゃない、
お前は、私のものだ・・・・」


 頼久の中で融け出した"何か"が、形を変えていく。


 ザ・・・・と、風が吹きぬけた。

 うっとりとその言葉に頷いて身を預ける頼久の目に、真紅の花びらが映る。
 それは・・・
まるで、その身を抱く者が流すであろう新たなる鮮血のように、深く紅く、そして、体の芯が熱と震えを放つような美しさをもって舞い上がった。


 重なり合う二人を、静寂が包む。



 ここはソーン

 夢と現の狭間・・・・



music by AKINO ARAI 『AI NO ONDO』


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