CROSS

S side - Flame -

多彩にして無色なる者
全ての始まりを告げる者

お前が俺を呼び覚ました
俺の力、生命
俺の全て
お前が俺の存在する理由

星弥・・・・・
もう お前を手放すこと等出来ない

「これはまた・・・・見事な朱金色だね」

 エルファリア王女と場内の薔薇園を散策に行った星弥を待って、蘇皇は一人、
中庭に面した回廊で石柱の台座に腰を下ろし、星弥のことをぼんやりと考えていた。
その彼の朱金色の髪がついと引かれ、不快さも露わに振り返った所にその男はいた。

「・・・・なんで人間が一人で城内をウロついてやがる」

 聖獣の導きがなければ、タダの人間が意志を持って、王城内を自由に歩き回れるはずがない。

「一人ではないよ。私の聖獣は今、用を足しに行っているだけだからね。私は待ちぼうけだよ・・・・・・・・・・・・瞳は紅・・・初めて見る。・・・・美しいね」

 髪を一房捕られたまま、まじと見つめられ居心地の悪さに、蘇皇は男の手を振り払った。

「あんまり気安く触るんじゃねぇよ。その辺で大人しくしてろ。俺は寛大な方じゃないからな」
 立ち上がり、男を睨みつけると視線が少々上にあった。
「・・・・・ウチのに似ていると思ったんだが・・・・君はまた、別のようだね」
「・・・似てる・・・?」
「ああ・・・纏う空気とでも言おうか・・・」

 ふいに男が苦笑を浮かべ、緑がかった彼の瞳が一瞬、それまでの長閑そうな雰囲気を消す。 何を思うのか、僅かに伏せられた目が庭園を向いていながら、まったく別のものを映しているかのように感じられた。

「お前・・・・何を失った?」

 伊達に記憶もないほど長く生きているわけではない。
 突然のその言葉に驚いたのか、男が目を見開き、数秒間蘇皇を凝視した。

「・・・全く、不意を突く所はウチのとそっくりだねぇ」
 クククと男が笑いを漏らす。
「ダテに長生きしてねぇよ、俺だって」
 今度は蘇皇が自嘲気味に笑った。

 甦る過去。
これから先の永遠、どんなに満たされようとも、それは消えることはないだろう。
ただ・・・・以前のように蘇皇を苦しめるものではなくなっていた。

「物思いに耽る横顔もいいものだね」

 
 ナンデスト?


 一瞬何を言われたのか解らずに、蘇皇は考えた。

「燃える朱金の君は、大輪の薔薇という所かな」


・・・・・・・・・・・


「・・・・・・お前、もしかして、それ、口説いてんの?」
「そう、聞こえなかったかい?」
 クスクスと笑って、男が蘇皇の顎に指をかけ、向きを変えさせる。
「・・・・いや、本気で言ってんのかと思って、イチオウ聞いてみたんだが」
 動じない蘇皇に楽しげな笑いを浮かべたまま、男の顔が近付いてくる。
「私は、綺麗で哀しいものが好きなのだよ」
 その言葉に、蘇皇はピクリと眉を動かした。
「哀れむのが好きなのか? サイアクのシュミだな・・・・生憎、俺は哀しくはないんだ。この手を離せ」
 紅い瞳に髪と同じ朱金が混じり、あたかも炎を宿したかのように変化する。

「嫌だといったら?」

 挑発するような声音。
じっと男を見ていた蘇皇は、ニヤリと口元を歪め、一瞬閉じた目を見開いた。

「お前を・・・・焼き尽くしてやる」

 それまで何もなかった蘇皇の背中に、炎が立ち昇り真紅の大きな翼が出現した。
炎を纏いつかせたそれは、息を飲むほどに美しい。

「俺は、唯一人だけのものだ。あいつ以外の誰のものにもならない。触れる事も、許さない・・・・」

 ゴォウっと翼を包む炎が勢いを増し、発した言葉を現実のものとするため翼が広げられる。
目の前の男がうっすらと笑みを浮かべて、
目を閉じていくのを見たような気がした瞬間、

「そおぉ〜〜〜〜っ」

 ドンと衝撃があり、炎の翼が戒められる。
驚いた勢いのまま、後ろを見た蘇皇は、そこに見慣れた蜂蜜色を見出し、ホウ・・・と肩の力を抜いた。
 勢いの弱まる炎の翼。

「バカヤロウ・・・おどかすんじゃねぇよ」
「蘇皇〜〜ただいまぁ〜」
 そこには蘇皇の全てが在った。

無邪気に笑う、小さな小さな天子、星弥。
あの激しい炎に飛びついても、少女は傷一つ負ってはいなかった。

「・・・・・・これはこれは・・・・・・」
 一瞬存在を忘れかけていた男が、感嘆の声を漏らすのが耳に入る。

「蘇皇もくればよかったのに」
 星弥が抱っこをねだって、両手を伸ばしてくるのに応えながら、ああと頷く蘇皇。
 すると漸く男の存在に気づいた星弥が、蘇皇の首にしがみついたまま『にこぱ』と笑った。

「コンニチワ」

 肩に羽織っていたローヴの中に抱き込むようにして、蘇皇は星弥の華奢な体とその体温に安堵する。

「蘇皇、だぁれ?」
「・・・・友雅様」

星弥の声に別の声が重なった。
「迎えが来たようだ、私は失礼するよ。さようなら、愛らしい天子。君たちとは
また会えるような気がするね、そう思わないかい? 『蘇皇』」
「思わねぇよっ って、気安く人の名前呼んでんじゃねぇっっ」

 蘇皇が怒鳴るのに、くすくすと笑いながら、男は自分を呼ぶ声の方へ歩き始めた。
 不意に・・・何故か先ほどの男の言葉が甦る。

――――― 私はね、綺麗で哀しいものが好きなのだよ・・・ ―――――

「おい・・・・」

 思わず、呼び止めていた。
「うん・・・? 何だい?」
「・・・お前、名は・・・」
 今後、会う気など全くないはずなのに、何故か尋ねていた。
フ・・・とイミシンに笑みを浮かべた男は、半身こちらに振り返り、いつまでも耳の奥に残る声で言った。
「友雅・・・・橘 友雅」
「友雅・・・・・」
「ではね、また・・・・・」
 今度こそ、男は振り向かずに行ってしまった。
星弥の戻ってきた庭園の方に、一人の青年が佇んでいる。
こちらにやって来ようとしているのを、友雅が手で制しているのが見えた。
 濃紫の長い髪、額の赤い宝珠、耳にも濃紺の宝珠らしい装飾が見える。
僅かに俯いている所為で、表情がいまいちはっきりと確認できはしなかったが、多分彼の聖獣なら、美しいのだろう。


「蘇皇〜 星弥ね〜〜〜 人魚さんに会ったのぉ〜〜〜」
 コシコシと蘇皇の肩口に額を擦り付け、睡魔に見舞われながらも星弥が報告するのを、その金糸に口接けて聞いてやる。

(・・・・・・・・ん?)

「とっても、とぉっても、キレイなヒトだったぁ〜〜〜 ソコまで星弥といっしょに来てくれたのぉ〜〜〜」
「一緒に来てくれた・・・・くれた? ・・・・・・オイ・・・・・お前、エルファリアとはぐれて迷子になっただろ」
「んん――――っ」
 コツと頭をぶつけると、嫌々するように頭が振られ、そしてとうとう、スピーという安らかな寝息が聞こえてきた。

 星弥の髪に口接けたとき、自分以外の聖獣を感じた。
多分、先ほどの不思議な男、友雅を迎えに来た彼が星弥と一緒だったのだろう。

「蘇皇っ ああ、よかった、本当に戻っていたのですね」
 ホッとしたのが有り有りと解る女性の声に、蘇皇の思考は絶たれ、振り向くとエルファリアが供も無しで駆け寄ってくるのが見えた。

眠る星弥を視線で示し、
「シーっ エルファリア、お前、手を離すなといったじゃねぇか」
とイチオウ抗議してみた。
「ごめんなさい、そこで頼久に会って話を聞きました」

「頼・・・久・・・?」

 その名にはありすぎるほど覚えがあった。
驚きに目を見開き蘇皇は呟くように言った。

「あいつが・・・・アノ『頼久』・・・・なのか・・・・」

その蘇皇に、エルファリア王女も驚いたらしい。
「頼久を、知っているのですか」
 すると頼久はク・・・と笑いを漏らし、彼女が傷つくかもしれないと解っていて、それでも口にした。

「ああ、いくら隠居生活が長くてもな・・・あれだけの噂なら耳に入ってくるもんだ。俺と、同じだろ? 
お前が、引き摺り出した」
 案の定、エルファリアの顔が瞬時に青褪める。

「解っている、今なら、お前がどうしたかったのかを解ってやれる。だがな・・・・あいつらは・・・ダメかもしんねーぞ」

「え・・・・・」
「頼久は知んねぇけど・・・あいつのマスター、橘は、星弥のようにはいかない」
 スピスピと眠る少女の頭に頬を寄せ、蘇皇はほんの少し前を思い出していた。

「あいつ・・・俺の炎に目を閉じやがった」

「え・・・・?」

「俺の翼の炎があいつを焼き尽くそうとすることに、抵抗しなかった・・・・それだけじゃない。あいつは・・・・・それを望んでいた」

 まるで殉教者のように、淡く満足げな笑みを浮かべ、男はゆっくりと目を閉じていった。
それは男に生きようと足掻く意志がないことを物語っている。
「あのままじゃ・・・・・」
 ぽつり、呟くように言い、蘇皇は星弥を抱く手に力を込めた。
「あいつら・・・死ぬな・・・・・」

 ふとらしくもなく目を伏せ、蘇皇は自らの内に目を向ける。
多分、星弥を見つける前なら、自分も彼らと同じだったのだ。
 そうして堕ちていくのが、弱い事だと責める者もいるだろう。
どこにでもそうやって己の正義のみしか認めずに、それを振りかざすヤツというのは存在する。
 だが、蘇皇はそうは思わなかった。
ただ"生"を永らえる事に、何か意味があるとは思わないからだ。

「なぁ・・・・エル・・・」
 幼い時のままに、王女を愛称で呼び、蘇皇はポフっと彼女の頭に手を置いた。

「エル・・・あいつに何かあったら・・・・今度は、そのままにしてやれ。望まぬ者に無理に与えた光は、そいつを焼き殺す。多分・・・・俺のようには、変われない奴だ・・・」

「・・・・・蘇皇・・・」
 心配そうに見上げてくる顔を見返し、蘇皇は苦笑を浮かべた。
「俺たち外野がどうにかできる事じゃねぇ・・・」
 今にも涙を落としてしまいそうな、潤んだ瞳が昔の"泣き虫"を思い出させ懐かしくなる。
「そんな顔すんな、さぁ、戻ろうぜ。ジジィが待ちくたびれてんだろ」
 聖獣王を"ジジィ"呼ばわりして、ニッと笑った蘇皇に、王女はやっと小さく微笑みを浮かべた。

 遠くのほうで見習いメイドが王女を捜して、ウロウロしているのが見える。
「おいっ ベティ、こっちだっ」
「ああああっっ 王女様っ 蘇皇様っ お捜ししましたぁぁぁぁぁっっ」

 半べそかいて走ってくる姿に、自然と笑みが浮ぶ。
 それをくれたのが、星弥だ。
冷たい炎で全てを拒否した自分に、再び熱を呼び覚ました、無邪気な天子。


―――― 纏う空気が似ている ――――


 その声を忘れてしまおうと思った。
的を得た男のそれは、とても危険な気がした。
その危険に星弥を晒すわけにはいかない。
少女には、誰よりも輝ける未来があるはずなのだ。


 風がざわめく・・・・

 それは何かの前触れのように、男たちを忘れようとしていた蘇皇を立ち止まらせた。
 だがすぐに彼は首を振って考えるのを止める。
他の誰でもない
星弥のことだけ考えればいい。

「蘇皇様っ 王様がカンカンにお怒りですよぉ〜〜っ 早く御前へおいでくださいまし〜〜〜っ」
「うざいジジィだな・・・ 待たせときゃいいんだよっっ」
「えええぇぇぇっ そ、そんなぁぁぁ〜〜〜っ 私がお叱りを受けます〜〜〜〜っ」


 和やかな光景の後ろで
真紅の花弁が儚く、そして妖を誘うように、
美しく舞い彼方へと消えていった。

 天空の庭に、静寂が訪れる。


 ここはソーン

 現実と夢の狭間・・・・・



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